上演にあたって
片寄 晴則
『オリザに依頼していた書き下ろしの第一稿がやっとあがりました。読んでみて下さい』
との手紙を添えて、東京で活躍中の役者で、高校の後輩である龍昇(りゅうのぼる)から一冊の脚本が届いたのが8年前のことです。
登場人物は3人。料理しか能のない甲斐性なしの男と、幼い娘を置いて家を出た妻と、その妹との間に繰り広げられる淡々とした会話。織田作之助の名作『夫婦善哉』を素材にとったその作品は、寸止まりの台詞が想像力を喚起し世界が広がってゆく平田オリザ氏らしい興味深いもので、読後すぐに「演研でも演ってみたい」と思ったものです。
翌年のこまばアゴラ劇場での初演には勿論駆けつけました。上演された舞台には登場人物が2人増え、少しだけ世界が外に開いた感じがあり、笑いの要素も加味されたものになっていました。好評で半年後の再演に続き、幕別町と私達の拠点であった演研芝居小屋でも上演されました。
こうして龍昇企画(りゅうしょうきかく)による『夫婦善哉』に幾度か接し、役者がそこに存在する時の相手との関係性や、微妙な心の動きを観客に共有させるその濃密な劇世界に圧倒されながらも、私の中では、初稿の3人バージョンの、より内向した世界を自分達の作品として立ち上げてみたいという想いが増してゆきました。
その後私達も創立25周年の記念に平田オリザ氏に『隣にいても一人』を書き下ろしていただき再演を重ねる中で、少しはあの『夫婦善哉』に描かれている男女の機微を表現できるようになったのでは・・・と、昨年の創立30周年記念連続公演の一本として挑戦し、役者達も私も無駄に歳を重ねていなかったという手応えを感じることのできる作品になった気がしています。
4年振りの札幌公演となりました。前回の『走りながら眠れ』同様、多くの皆さまの忌憚のないご意見、ご感想をお聞かせいただけることを楽しみにしております。私達は、そこに旅公演に出る意義を見いだしているのです。
つぶやき
坪井 志展
昨年の創立30周年記念連続公演を終え、芝居とのかかわりの中で、自分が少しずつ自由になっている気がしています。昨年1年間は色々な作家の作品に取り組みました。1月と5月の平田オリザ、7月に清水邦夫、そして11月には鐘下辰男の新作書き下ろしと、私は4本ともキャストとして舞台に立ちました。さすがにハードな体験でしたが、安心出来る仲間との芝居作りの中で、私が私である為には、やはり芝居しかないんだと言うことを再認識しました。
6年前、初めて演じた『夫婦善哉』はただただ無我夢中でしたが、昨年は冷静に作品と向き合う事が出来たと思っています。そして、演り残した事も確実に感じる事ができました。今回、そこを何処まで埋められるか。しかし今は稽古のたびに手応えを感じています。そして、今までやって来たことを信じて、自信を持って舞台に上がりたいと思っています。
久しぶりの連絡にもかかわらず来てくれた方々、そしてご来場下さったすべての皆様、本日はありがとうございました。
上村 裕子
今回上演する『夫婦善哉』という作品に出会ってから7年以上がたちます。一観客として観た『夫婦善哉』(東京の龍昇企画が初演)は、とっても味わい深く、せつない、そして面白い作品でした。(役者さん達も魅力的だった)
龍さんの了解を得て、演研で上演することとなってから、今回で三演目。年数を重ねて作品と向き合う事は、なんと意味深いことだろうとつくづく思います。舞台には、登場する3人にとってのある数日がそこに存在するわけですが、観る側にとっても誰の側に共感するかとか・・・いろいろのようです。この作品、好きだなぁと思います。大切に作りたいと思いながら、今日を迎えました。
今日はようこそ、おいでくださいました。シアターZOOのこの空間で、出会えた事に感謝します。
金田 恵美
兄弟(ウチは姉妹ですが)って不思議ですよね。私は実家が札幌なので離れて暮らしているんですが、普段連絡とか取り合わなくてもふとした時に寄り添ったり。年が近いのもあるのかもしれませんが、親よりも色々な話ができたり・・・なんてことをこの芝居の稽古を見ながらふと思いました。実際は色々な兄弟がいるんでしょうけど、兄弟っていいなぁと最近思います。今度帰ったらまた妹にベッタリしようかな。
宇佐美 亮
大学を卒業し、演研に入団させてもらい初めて「芝居」と向き合ったのが、この『夫婦善哉』でした。それまで観客という立場でしか接したことのなかった芝居には、演出、役者、スタッフそれぞれの熱い想いがこめられており、その熱に圧倒されました。公演当日も何をすべきかよくわからずうろちょろしていましたね、当時は。それが今ではもう、明かりをつけたり消したりする仕事までいただいてるんです。月日というのは恐ろしいですね。
僕の話はこのくらいで芝居の話をしましょう。この芝居実は3度目の上演となるのですが、何を隠そうとにかくよく食う。始まってから終わるまでずっと何かしら食ってますからね、役者は。それがまたうちの代表(喫茶店経営)のお手製でおいしそう(というか実際おいしい)なんですわ。仕事帰りで直接稽古に出たときなど、こっちは腹減っているのにひたすら食べているところを見せつけられるのです。なんて過酷な稽古をこなしているのだろう。まぁ、あまった食料は演研のハイエナこと私に然るべき処理がされるわけで、いいっちゃいいんですが・・・。
鈴木えりか
演研に入団し、早くも四年が過ぎましたが、私にとって札幌公演は初めてのことです。いつもの慣れた場所ではないので、いつも以上にドキドキしています。
『夫婦善哉』の公演に参加するのは二回目で、昨年の公演からですが、昨年のものとはまた違った雰囲気が感じられ、稽古を重ねるにつれ、作品が成長していることをひしひしと感じます。私が芝居の舞台に立つ時にはどうしても限界を自分の中で作ってしまうけれど、この芝居を観ていると「これで良し」ということはないんだということが実感できます。
札幌でも、前回の公演を観てもらえた人にもまた違った印象が残ると思うので、初めての人も、前に観た人も楽しんで観ていただけると思います。ぜひ演研の芝居にお客さまとして参加をお願いします。
神山 喜仁
私は今回が初めての旅公演。持って行く荷物をまとめたり、それを効率よく車につめるようにシミュレーションしてみたりとちょっとしたピクニック気分です。しかし、こんな心持ちではいけないと自分を戒めてもいます。
今回、私たちの芝居『夫婦善哉』を札幌に持っていけることを嬉しく思っています。出来るだけ多くの人たちに観て触れてほしいと思うからです。
余談ですが、私は最近、父親になりました。まだまだ未熟ですが、多少成りと考え方が変わってきたのか、この芝居の観方も変わってきました。新しい観方をするようになったことで、稽古を観ることも一段と楽しくなりました。 お客さまには最高の舞台を観ていただきたいので、スタッフではありますが精一杯支えていきたいと思っています。
富永 浩至
昨年、我々の劇団は創立30周年を迎え、その節目に連続公演と称して4本の芝居を上演した。(といっても上演したのは1月、5月、7月、11月なのでちっとも連続してないのだが。)その第2弾がこの『夫婦善哉』。この作品を最初に上演したのは5年前の「第1回道東小劇場演劇祭」である。釧路・北芸、北見・動物園、そして演研の三劇団でつくる道東小劇場ネットワークの十年来の夢であった演劇祭での上演だった。
実はこれには、前年に平田オリザさんに書き下ろしていただいた『隣にいても一人』を上演する予定だった。しかし、ちょうど稽古を開始した次の日に、兄役の佐久間孝を交通事故で亡くしてしまった。悲しみにくれる中、中止も考えたが、やっとの事でたどり着いた演劇祭を何とか成功させようと、残ったキャスト3人でこの『夫婦善哉』に取り組んだ。
ゲストで来ていただいた鐘下辰男氏には、上演後のアフタートークで「十分に稽古はしましたか」と指摘された。「演研芝居小屋」が取り壊されたことも重なり、確かに十分に稽古はできなかった。その時はしかし、何とか上演にこぎ着けたことと、初めての演劇祭を成功させたことで、我々はとても満足していた。
鐘下氏には、「この芝居は、コップに泥水を入れてかき回し、ちょっと経った後のような芝居だ。表面上はとても澄んでいるように見えるが、すぐ下はドロドロと泥が渦巻いている。演研の芝居は、ちょっとではなく、かなり経った後の芝居になっていて、ドロドロの部分が少ない。」との講評をいただいた。
昨年の再演では、表面的なところから一つ踏み込んで作品をつくることができたように思う。そして、今年はそこから更に深めていけたらと思っている。何度も再演し、またこうして他の土地の人たちに観てもらうことで、より作品が深まっていくことに大きな喜びを感じているのである。