試演会
僕らは生まれ変わった木の葉のように
作・清水邦夫
演出・片寄晴則

 

スタッフ
 装置 大内俊弘  照明 種田栄子  効果 村上祐子  小道具・衣裳 須藤芙美子  舞台監督 片寄晴則
 制作 宮森則子  

キャスト
 男 佐久間孝  女 清水章子  妹 須藤芙美子  夫 大内俊弘  妻 宮森則子

とき
1976年11月25日(木)開場午後6時半 開演午後7時
ところ
帯広市勤労者福祉センター(帯広市西5条南7丁目)
前売り 300円  当日400円

●上演パンフレットより

上演にあたって

片寄 晴則
 壁を破って屋内に突入した車、今、青春の渦中にある男と女、60年代に青春を生きたこの家の主人、妻、妹の奇妙な歓待を受ける。一ケ月たった第二場、教授夫妻のハムレット暗誦の芝居ごっこに、男の毛沢東やルムンパやカストロやホーチミンの語録の言葉が半畳的に入り、近視の妹のリルケの詩が加わって不協和音的に調和する。そして…“……本当のことなんて誰も教えられないわ。昨日の芝居は不意に今日真実になり、今日の貞実は不意に明日うそになっていくわ。実然失われてゆくわたしたち。突然変身してゆくわたしたち……”妹が死の直前に語る言葉に、暗いペシミズムの中の、作者の青春の精神が見える。紺の男女がお互いを自分達の鏡として写 し見ている様に、私達もこの作品に、青春を引きずり続ける作者のやさしさと共に自分達の姿を見るような気がしてならない。
 この芝居を通し、再度自分の“生きぎま”といったものを点検しつつ、舞台を創りあげてゆきたい。


つぶやき

“雑感”
片寄 晴則

 芝居と関りを持ち始めて数年、絶えず自己嫌悪と焦燥感につさまとわれ、逃げ出したくなりながらも追いかけ続けてきたような気がする。そして今、自分達の手で徒党を紺み、歩み出せるがどうかの試金石としての、試演会を前にした時、居直りにも似たおちつきがある。なぜなら、芝居との距離を狭める唯一の手段は、ただがむしゃらに走り続けることだけ、そう思いこんでいたのが最近になって、どう逃れようともライフ・ワークとして自分の傍につきまとっている“芝居”を感じ、あせらず一歩一歩追い続けてゆけばいいじゃないかと、思えるようになってきたから……。六ケ月間みっちりやった基礎訓練、それが即、舞台の成果 としで現れるとは決して考えてはいないが、それがほんの一部でも自分達の穀となり、徒党を組んだその姿勢だけは感じとってもらえるような舞台にしたいと念じつつ、前出の“居直り”の中にも不安を交えてけいこに臨む毎日である。

“無心で”
大内 俊弘

 恥も知らずに、また舞台に上ってしまった。ただ演じるのみ、無心で練習の成果 どこまでだせるやら……何度舞台に上っても不安なもの。とにかく、おもいきり無心で無心で無心で無心でやるだけ。

“雑感”
種田 栄子

 昨年の十二月に結成されて、はや一年を迎えようとしている。そして初めての公演(試演会)。裏方の少ないこの集団、一人二〜三役をこなさないといけない。そして、なぜかしら女性が、ほとんどをしめている。(でも、男性に魅力あるとはいいがたい。)今回私は、照明を担当することになった。用語が色々出て来て、なかなか頭にはいってこない。(もしかして頭の中が電車みたいに満員なのかも?)役者、裏方どれをとっても安易にはこなせない。芝居は、虚像。でも我々が生きてゆくうえに通 ずる何がが数多くあるのではないのだろうか。自分以外の人物をつくりだすことによって、自分にない物をみいだしてくれそうな気がする。

“雑感”
村上 祐子

 巷では「花の応援団」とやらの漫画が大流行しているらしい。その映画が封切られてからというもの、演劇研究会にもその波がドバッと押し寄せ、マッチ、靴べらなどの常備品が必要になって来た。年上の者がたばこを吸おうとすると、「失礼します。オッス」の掛け声とともに、そのたばこに火がつく。まあ、これは少々オーバーな表現かもしれない。芝居の先輩達から吸収し、学ぼうと、常に彼らを意識し観察している。しかしその成果 はなかなか……。最近は芝居から離れた、一個人としても興味を覚える。同じ年代には感じられない年増の魅力にひかれるのだろうか。いわゆる“だてに年をとっちゃいない”というそれである。果 して自分はどうだろう。全く自信がない。“だてに年をとっちゃいない”と思われるのは、いいものである。そして“だてに芝居をしちゃいない”と思われるようになることができたら、こんなうれしい事はないのだが……。

「静心にて!」
清水 章子

 次第に、年老いていく自分は確かだと思う。しかし、もっと不確かな型で確実に自分が老いていく様を認識するのは、何と哀しいものだろう。生きていく事は、いやがおうでも自分を現実の生活に根をはろうとする意志、生きれぱ生きるほどある種の呪縛からのがれられなくなる。ほとんど物事は裏腹な関係におかれ、真の私らしい生き方も、その辺で曖昧なものへと変身してしまう。あまりに多様化しすぎた現代にあって、真実も夢も幸福も愛情も、いつの間にか私の手から離れ実体のない代物へと姿を変えてしまうのだ。一体真実はどこに−。私は、何が真実であるのかわからないままに枯れ果 てていくひとつの存在であるのか。それともこの内に、祈りがある限り生まれ変れる可能性をひめたひとつの存在であるのか……だが、とにかく幕をあげよう。そこから何かが始まる事を強く信じて−。

“刺激昭和の世界”
佐久間 孝

 早いものです「今年の十大二ュース」なんてえのが、そろそろマスコミ群団からひしめき競い合う。やれレコード大賞、有線大賞、ついでに正義の総選挙、せわしい昭和に唯一匹ミミちゃん昼寝と思いきや……となりのシーザーと駆落ちだ。これを機会といがみ否う昭和末期の平和日本。こんな時代にどう生くべきか悩んだまではよかったが、睡魔におそわれスイマセン。やめた煙草に火をつけりゃ生きる悦びわいてくる。「こんなもんだぜ人生は。」悟ってみたふり知らんぷり、天ちゃん御在位 五十年、小生人生二十余年身分育ちは違っても朝のおつとめ欠かせまい。戦争、革命こなくともやさしさ込めれば、やってきますよきますとも、今日も暮れゆく昭和の世界へ、いいじゃないかいいじゃないかヨイヨイヨイ……。

須藤 芙美子
 芝居にかかわりを持つ様になって早二年の歳月が流れました。今回役をもらって、初めて何もしなさすぎた二年間が悔やまれてなりません。キャスティングが組まれスタッフが組まれ、公演日が決まりもう歯車は回り出しました。今迄の様に舞台経験まるで無しなどと甘えている訳にはいかなくなってきました。役作りに関しては誰も助けてはくれない。今迄生きてきた私という一個の人生の中から、私ではない趣味も思考も違うまるで知らないもう一個の人生を引き出さなければならない。それは感性の貧弱な私にとっては並たいていの作業では有りません。そして初めての経験です。芝居を続けていく限り私はこの苦しい作業から逃れる事は出来ないでしょう。しかし、芝居をしているおかげで私は色々な人生に出会う事ができます。そして、それは私自身にとってこの上もない喜びです。そうして、もうひとつの喜び、それは素晴しい仲間がいるという事です。

“遠い空より終幕めざして”
香薔夜柴緋茶鼓

 やがて冬が来るのだろう。枯葉の舞う校庭のその先へ目をやると私の涙を呑み込んだ河が冷たさを増して流れてゆく。自分で選んだ筈の生活の中で、ふとすると日常という日々に流されていて、怠惰な手抜きを傍らに愚痴という酒を飲んでしまう。死を思ったり、死にきれないと泣いたり。生きる努力の前に、死は決しで来ないのに。汚れきらない清い魂達を遠目に眺める時、大人になる程、無心になれない演じきれない現実の悲しさともどかしさを感じてしまう。
 舞台とは、芝居とは、人生とはと、耳元を掠る時の歩みが焦りになる。離れている芝居がしたいと心が疼く。その疼きの中に今一歩足を踏みだす、ささやかな勇気を感じる。私の身体を血が駆ける。けいこ場に戻れたら、再び一から始まるだろう。終幕をめざして走り続ける仲間に遅れないように、私も今のこの時を全力を尽して走ろう。何一つ手伝えなかったこの試演会の成功を、心より信じて!


「帯広演劇研究会について」
 昭和五十年十二月一日、九人の仲間が集まって帯広演劇研究会は産声を上げました。過去既存のアマチュア劇団にいた者、一匹狼(?)で活動していた者達でしたが、現在の演劇活動に少なからず物足りなさを感じていたので、新生への熱意は、戸外の雪をも溶かさんばかりでした。そして「活発な日常活動を持続する事により、地域に根ざした創造活動を!」を旗印に、すぐに六ケ月間の基礎訓練に入りました。
 発声、柔軟体操、エチュードの三部門に分け三時間の時間制で週二回の練習でした。全員が職業人でもあり、勤務時間を終って、疲れ切った体に鞭打っての練習でしたが、一人として脱落する事なく、六ケ月間を終了、皆で充実感を分ち合いました。
 仲間の“和”も深まり、公演をしたいという希望もふくらみ、今年の六月から稽古を重ね公演へとこぎつけました。勿論、専門の指導者とている訳でなく、手さぐりの中での活勤ですがよりよい作品を創りあげたい熱意でいっばいです。より力強く、したたかな集団にしたいものと思っています。
 “PR”公演をきっかけに、一緒に活動する人、叱咤激励して下さる方があれば−などと、期待に胸ふくらませています。

けい古日誌から
12/4
 柔軟体操さすがにきついです。でもみんな必死にやっでいる姿をみると小生もがんばらなくては!タイツ姿、バレエ着姿、なかなかイカしておりました。短い時間ですがら、お互いに自分にきびしくして無駄 のない練習にしたいものです。(K)
2/4 はじめてエチュードに入りましたが、ほんとうにむずかしいの一言です。“インテリジェンスとアカデミズム”知識と学識をもって我々はがんばろう!(C)
2/12 みぶりの空しさを自覚する事から私達の俳優術は始まる。(S)
3/1 “春のうららかな日”のパントマイムをやってみて−
 私って全くダメ!“もう3ケ月もたってしまった。早いなァ(M)
3/8 〈告発のコーナー〉M嬢、心の叫ぴを書いたけいこ日誌を破りすてるというロッキード事件に次ぐ不祥事である。自分をさらけださなくちゃ、みんな他人になっちゃうョ。(T)3/11 タラちゃんの言うことわかるな!みんなお互いぶつけ合おう。ジーンときたよ(M)
6/6 ああ、体力の限界を感じる。私も年なのかなァ(S)
6/18 ついに決った!やる気ムンムンみんながんぱろうぜ。(O)
8/1 ゆうべは飲みすぎたみたい。でも夜どおしの演劇論勉強になりました。(E)

 ●第2回公演 パンフへ

 ●表紙へ戻る