上演にあたって
片寄 晴則
この数年、秋の公演終了後に団員達と「東京観劇ツアー」に行くのが年中行事として定着している。歌舞伎、新派、寄席などにも足を運ぶが、目的はやはり、小劇場の芝居。昨今の演劇ブームとやらで新しい劇場が増え、しかも、どこも若者達で活況を呈している。誠に結構な話ではあるが、四十歳目前のおじさんにはどうも物足りない。舞台はスマートで笑いに溢れているのだが、内容といえば、遠景(近未来の出来事など)や近景(個的な、しかも他者を排しての)ばかりで中景、つまり社会や時代とどう対峙していくかという姿勢が欠落しているからだ。笑いは笑いで結構。しかし、それのみではつまらなくはないだろうか。
この作品も、とかく面白おかしい芝居と思われ、事実、そこに重点を置いた舞台も少なくなかったけれど、それだけではない筈である。都会に翻弄される地方出身の若者の姿を浮き彫りにすることで、作者の目論んだであろう、社会や時代に対しての毒、或は、悪意といったものが見えてくる。また、一人ひとりの人物への作者のやさしい眼差しも、忘れてはならないと思う。十年前に流行った芝居を、あえて取り上げた理由はそこにある。
我々の旗上げ以来、綿々と続いた畜大生との交流が、今回はついに合同公演に発展しました。パワーの畜大演劇アンサンブルか、キャリアの演研中堅役者陣か、100分間のデスマッチ!審判を下すのは、お客様、あなたです。
つ ぶ や き
上村 裕子
10代の頃、聞きかじった文章で、改めて思い出すことがある。「時の歩みは三重である。未来はためらいつつ近づき、現在は矢のようにはやく飛び去り、過去は永久に静かに立っている。」そうでもないと否定的になってみたり、同感してみたり……。芝居の世界に飛び込んだことで、たくさんの出逢いと別れも経験したけれど、又一人、旅立とうとしている。実際、演研の団員ではないけれど、助けたり、助けられたりの仲である彼等との合同公演は、熱く楽しい戦いである。
─ひたむきな彼等が好きです。
─不器用な彼等が好きです。
本日おいでのお客様、ようこそいらっしゃいました。喜怒哀楽は、遠慮なさらずにお出し下さい。
─熱いステージが今!開演です─
武田 雅子
昨年来、ちょっとした気のゆるみから、車のない生活を強いられてしまった。毎日のバスと徒歩という生活の中で、「こういう生活もいいものだな」と感じる様になってきた。風の冷たさや雪を踏む音、子供達の無邪気な光景。車に乗っているとつい見落してしまう色々な感覚を味わえたからだ。芝居をしている者はちょっとした感性が大切だ、なんて口では言っているものの、毎日の生活に追われ、稽古に行く事ばかりに気をとられ、日常生活のちょっとした驚きや喜びを感じようとしなかった自分に気付く。今回は笑える芝居……でも泣かせてもくれる。なにげなく(又は無理矢理誘われて)見たこの舞台が、ちょっとしたこだわりや感動につながってくれる事を祈りながら、今、芝居が始まります。
富永 浩至
想い起こせば、10年前にもなる。当時高校生の私には所属クラブの部室の隣が演劇部という以外、演劇とは何の関りも無かった。しかし、その隣ということが災いし、高校最後の学校祭で芝居をする羽目になってしまった。教室の机を取り払い、教壇を並べただけの舞台で、主人公の顔に龍角散や歯みがき粉を塗りつけるのが私の役だった。つかこうへい作「戦争で死ねなかったお父さんのために」これが私と芝居との出逢いである。以来、つか芝居に魅せられて、大学でも熱海殺人事件・出発・飛龍伝と、つか氏の作品ばかり演ってきた。中でも「熱海…」は私にとって思い出深い作品である。さて今回は、その「熱海…」。しかも、私の後輩達との合同公演である。稽古しながらも学生時代が思い出され、今の自分がどう変わったか、また変わっていないのかと悩みながら稽古が進む。少なくともあの頃よりも…と思いながら、今まで自分が演ってきたことの一つの区切として考えてみるべき作品となるだろう。
今回もまたこの窮屈な空間にお越し下さり、どうもありがとうございます。
部田 泰恵子
大通茶館で初めて見た芝居が、この「熱海殺人事件」自分のすぐ目の前で飛び交う役者の汗とつば。ベンチ席に座り、胸をドキドキさせながら観ていた18歳の私が居た。あれから○年。一緒に観ていた友は一児の母となり、私は若い畜大生にののしられながらも、今日も稽古場へ。
時間はどんどん過ぎてゆくけれどいつまでも“ドキドキ”できる私でありたい。
上塚 俊介
四年前の春、新人生身体検査の場で、畜大演劇アンサンブルの先輩に出会った。その約10日後、お前が入部して来た。あれから4年、お互いになぜか芝居を続けている。この作品は以前からお前が演りたいと言い続け、やっと演研との合同公演として実現出来た。でも、これが終わるとお前ともお別れだ。永遠の別れではないにしろ、一緒の舞台に立つのは、おそらく最後になろう。
就職し、生活も変化すると思うが、お前の芝居に対する情熱をもってすれば大丈夫だろう。どこに赴任するかは解らないが、たまには帯広に帰って来い。俺はあと2、3年(?)は居ると思うから。
前本 政道
私は人見知りが激しく、新間やテレビに自分の名前が出るのは大嫌いな人間です。そんな私が、何故こうして舞台に立っているのでしょうか。次の中から選んで下さい。
1.公演後の打ち上げが楽しみだから。
2.本当はデタガリ屋の人間だから。
3.舞台に上ると、女性にもてると勘違いしているから。
私をとてもよく知っている人は2、ちょっと知っている人はきっと3を選ぶでしょう。そしてカラオケをする私を見た事のある人は1を選ぶでしょう。確かに以上3つは全て正解です。でも皆さんこの私を買い被っちゃあいけません。真実は他にあるんです。それは、Kさんの薄い髪が大好きで、Tさんの丸い腹が忘れられなくて、Mちゃんのグチグチした性格が面白くて、Tちゃんの出っぱった歯に興味がわいて、アーノルド坊やに似にYちやんに近親感を持って、たった一年でずいぶん女らしくなったAちやんが不思議で、芝居に熱中するSくんがいとおしくて、そしてUクンとの腐れ縁があるから、芝居をやっているんですよ。
助川 真奈美
劇団演研と畜大演劇アンサンブルの初めての合同公演。真の演劇に魅せられて、あっという間に10カ月もの時が過ぎてしまった。演劇は素晴らしいものだと、稽古をするたびに実感する。そして公演までの差し迫る時間に、胸の高鳴りは静まることを知りません。12年目になる劇団演研の底力を畜大
演研アンサンブルのほとばしる若い情熱が溶け合った「熱海殺人事件」を、ごゆっくりご覧下さい。
赤羽 美佳子
再びここに名前を連ね、皆様とお逢いすることが出来て嬉しいです。舞台空間に歪が出来ない様にしたい、謎の婦人警官の私です。
佐久間 崇
金賢姫(キム・ヒョンヒ)25歳は、8年ぶりのソウル市内を国家安全企画部で用意した黒塗りのリムジンがゆったりと疾走する中で、快い緊張感を体の芯にしたためていた。ふた口ほどゆっくりと吸い込まれたメンソールのセーラムには、薄化粧の演出でルージュの紋様も残ることはなく、書き込まれ手垢すらつき、渡された時に比ベ二倍の厚さにも膨んだシナリオも軽く目を通した後は、車内のテーブルでやや角度を上げつつある陽の光に、鋭く金色に反応するカルチェの上に静かに重ねられた。フラッシュの閃光とシャッターの連写音、そしてどよめき、予め準備された記者会見場内の総ての舞台装置が確実に動き始めた。そこにはもう、既に「真由美」以外の何者でもなく一部のスキなく本人以上の「真由美」そのものが存在しているばかりであった。いま、この大通茶館の空間では、海挟を越えて、「大韓航空機事件」ならぬ「熱海殺人事件」が、より劇的な世界を構築せんとしているのである。