北見公演
あなたがわかったと言うまで
作・杉浦久幸
演出・片寄晴則

スタッフ
効果 福澤和香子   照明 佐久間孝  小道具 上村裕子  衣裳 村上祐子  舞台監督 片寄晴則
協力 演劇集団動物園/撥条屋演劇会

キャスト
大介・富永浩至  巻上・赤羽美佳子

とき
1997年9月14日(日)開演午後6時
ところ
LIVE HOUSE 夕焼けまつり(北見市北3条西2丁目)
前売り1000円  当日1200円  

上演にあたって

劇団演研代表 片寄 晴則
 北見の皆様、初めまして!帯広からやって参りました劇団演研です。私達は、
 『活発な日常活動を持続することにより、地域に根ざした創造活動を!』
を創立のスローガンに掲げ、帯広の地で、自分達の拠点の小さな空間にこだわり、愚直に遅々たる歩みを続け 年になる集団です。その間、自分達の芝居を創りながらも、あっちの芝居を観、こっちの舞台に駆けつけ、多くの芝居狂いの仲間達と交流しているうちに、全道各地に人脈も広がり、あちこちの友人から公演のお誘いをいただく様になりました。そして今回、チラシにも記した、御当地北見の演劇集団動物園/撥条屋演劇会の仲間達との、七年にもなる熱い交流の中から、 年の釧路、 年の釧路・札幌公演以来、三年振り、三カ所目の出立て公演の運びとなりました。我々の友情の証として、団員一同、心して舞台に臨みたいと思っています。
 さて、今回の演目は、これからの新しい才能に道を開こうと設けられた、日本劇作家協会の新人戯曲賞・第2回目の昨年、全国から応募のあった 編の中から大賞を受賞した新しい作品です。
 登場する男女のやりとりの微妙なズレから生じる立場の逆転の愉快さ・軽いテンポが気に入り取り組んでみたものの、別役実・清水邦夫といった 年代から活躍する劇作家のものを多くとりあげてきた私達にとって、一昨年の平田オリザ以来の若い作家との出合いは、思ったよりずっと厄介な作業となりました。
 『家族として採用されたいから……毎日毎日、見えない面接があって、笑顔を作り……なんだか生暖かい空気の中で……さりげなく自分を殺し続けていくの……』
劇中の女の言葉にはドキッとさせられました。そう、日常の人間関係の中では、自分を封じ込めていること、自分勝手に相手のことをわかったつもりでいる事が、けっこうあると思うのです。夫婦という他人同士の結び付きにおいては特に……。と、まあ、解説のような事を書いてみても、要はお客様に楽しんでいただけるかどうかです。そして、私達の芝居に取り組む姿勢を感じていただけるかどうかもです。
 最後になりましたが、会場をお貸し下さった夕やけまつりのマスター池本さん、並びにお忙しい中、本日お運びいただいたお客様に心よりの御礼申し上げます。そして何より、力強いサポートで我々を今、見守ってくれている演劇集団動物園/撥条屋演劇会の仲間達に深く感謝致します。
 今日を境に北見と帯広との距離が一層近くなった喜びをかみしめながら、
 「本日は、どうもありがとうございます。」



つ ぶ や き


 上村 裕子
 「いつか北見にも行きたいね」釧路・札幌公演が実現したあと、団員は皆そう思っていました。けれど様々な理由で団員が入れ代わったり、頭数も減り、北見公演はきっと無理……と、思っていました。
 北見動物園の仲間達と出逢ってから何年になるでしょうか?北見には、縁のなかった私ですが、いつの間にか?北見」は、大切な芝居仲間がいる土地になりました。動物園のホームグランドのこの場所で、公演できる幸せをかみしめて、帯広演研の舞台の開幕です。

 えんじょう交際のすすめ
 佐久間 孝

 動物園と演研の中間距離恋愛は、これまで帯広の「演研芝居小屋」を舞台に逢い引きが重ねられてまいりました。
 しかし、今日ついに最愛のヒト(動物園)のもとへと、この「夕焼けまつり」で密会、逢瀬と相成りました……「なに、ギャラリーもいる?」
 まあ、なんと言うか、ひとに見られる程に、恋は燃え上がるものらしい?私にはよくわからないが。
 そう、燃え上がる恋=炎上、演じ上げる恋」=演上、楽しい恋=エンジョゥイ、そして、しっかりお膳立てに乗る恋=援助
 これを北見と帯広では、えんじょう交際と称し、知る人ぞ知り、知らない人はまったく知らない― そういうこと

赤羽美佳子
 春にこの本を読んだ時、「面白い本だな」と思った。少し前まで、二人芝居はとても出来ない、責任が重すぎる、日常の稽古で力をつけてから…と思っていた。でもそんなことを云っていたらいつまで経っても出来やしない。そして、ついに本をもって稽古が始まった。
 演出から連日のようにダメが出る。「感情が見えない」「もっと役を理解して…」他の人が代役で演るとあんなに面白いのに自分が演ると苦しい。劇中の巻上が言う「理解して下さい…私はどんな人間なのか、ちゃんと理解して下さい…それが義務です」それはそっくりそのまま私自身に向けられている。
 またダメが出る。「今まで生きてきて背負ってきた物、むなしさ、悲しさがあるだろう」そして私は嫌でも自分と向き合うことになる。今まで自分がどう生きてきたのか。自分は人に対してどれだけのことを要求してきただろう、傷つけてきただろう。
 「続けることが才能である」誰かが言っていた。やっぱり続けている私は、芝居が好きで、そこに居る人が好きなんだと思う。いい舞台を創りたい。そして北見の皆様ともよい出会いができるよう、そう思いながら稽古を続ける毎日です。

福澤和香子
 私は一人っ子のせいか、人とコミュニケーションをとる事が苦手である。私を知る人は「よく言うわ」と思うかもしれないが、本人にとってはとても苦痛な作業のひとつなのだ。出来る事なら言葉を交わらさず、思っている事だけ察してもらえたらこんなラクな事はないと思う位である。
 こんな私なので、気がつくと自分を本当に理解してくれる人は余りいない気がする。じゃあ私は自分自身を100%理解しているのかと云えば、それも相当怪しい。まず自己アピールを自身にする練習からしなくてはいけないと思ったりしているところである。
「演劇か…あと十年私が若かったら…」
この弱気なアピールをキチンと聞いて、入団にまで導いてくれたのが我が主宰である。
 こんな私を受け入れてくれた皆さんに感謝しつつ、実は何かが変わっていく自分にワクワクしている今日この頃なのである。

富永 浩至
 私達は「演研芝居小屋」という民家を改造した劇場兼稽古場で活動している。舞台は十畳ほど、客席も十五畳ほどで、お客さんが五十人も入れば満員になる小さな劇場である。そのホームグランドへ初めて芝居を観に来てくれたお客様の何人かは必ず、「今度は大きなホールでやって下さい」とか「いつか、もっと大きなホールで出来る劇団になって下さい」とアンケートに書き残していく。前者には、ああ狭いところで窮屈だったんだろうなと納得するが、後者には、「ち、違うんですよ」と言いたい。私達は大きなホールでやりたいとは思ってないのである。それには、いくつかの理由がある。
 一つは、稽古している場所で公演をしたいということ。プロの役者であればいざ知らず、たかだか一回のリハでその大きさの違いを役者の力量で埋めることなど出来ない。逆に我々のように、身体が馴染んでいる場所で公演するというのは、理想的なことではないだろうか。
 二つ目は、大きな劇場が演劇にとって有効か?ということである。それなりの制作費をかける商業演劇であれば、大きなホールで多くの観客を動員しなければ、回収出来ないので仕方がないが、本当であればこじんまりした劇場で行われる芝居の方が、演る方も観る方も良いに決まっている。現に今東京で新しくつくられている劇場のキャパは300前後が主流である。
 そして、小さな劇場でやることによって同じ演目を何度も出来るというメリットが得られるのこと。実はこれが一番なのかも知れない。何カ月もかけて創った芝居を一回限りの上演で、終わらせるのは本当に惜しい。それは本番の舞台を一回踏むことで、今まで何度も稽古してきたことよりも大きなものが得られるからである。そのつかんだものを活かしながら、何度も本番を重ねていく。そうすることによって、より完成度の高い舞台が生まれていくのではないだろうか。
 こうして、北見にまで来てやらせていただければ、更に新しい観客との間でまた新しい発見が出来るのである。この新たな出合いにドキドキしながら、今日は舞台に立たせていただきます。

 

 

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