上演にあたって
片寄 晴則
この作品は、明治から大正にかけて、短い生涯を駆け抜けた大杉栄と伊藤野枝の、最期の二ヶ月間の日常生活をスケッチ風に描いたものです。
自由恋愛を唱え、アナーキストと女性解放運動家として、互いの思想とその生き方を尊重し、同志として生きながら深い愛に結ばれた男と女。ラジカルに生きたそんな二人ですから、その日常もさぞかし……と思ってしまいますが、ここでは実に淡々とした調子で、夫婦の会話が繰り広げられます。ところが、その生き方の背景を少しでも知っていると、何気ない話のひとつひとつが実に示唆に富んだものとなり、想像力を喚起し興味深く、面白く思えるのです。しかし、二人についての予備知識がたとえ無くても、実際のところ生活はこのように淡々と時が流れてゆくものだと。改めて感じていただけるものと思っています。
三年前の「思い出せない夢のいくつか」以来、取り立てて事件がおきる事もなく静かな時が流れてゆく平田オリザ氏の作品に出逢ったことで、私達の芝居の幅が少し広がった気がしています。構えることなく、ゆったりと約一時間、私達にお付き合い下さい。
つ ぶ や き
眠りながら走る
佐久間 孝
目下、日本経済は円安、株安、債券安のトリプル安で三暗刻。
一方、Wカップサッカー初出場に沸き、チケットのないサポーターも場外で和気あいあい。
他方、エンケンでは本日「走りながら眠れ」の公演を迎え、タバコを吸わない二人(これを嫌煙の二人というが、犬猿の仲とはいわないらしい)が、舞台に立ち煙に巻く。
♪だけど問題は 今日の雨 傘がない− ♪日々のくらしは いやでもやってくるけど− ♪ああ〜川の流れのように 次回作「うしろの正面だあれ」は休眠中だが、少し走っておかなきゃ置いてきぼりをくらっちゃう……併(へい)走(そう)なんだ −絶句
赤羽美佳子
私は今までいろいろなことに凝ってきた。始める度に「何で今までこんなおもしろい事をしなかったんだろう」と思う。そして必ずスクールに通う。それは、テニス、スキー、ゴルフ、ペン字、通教…。続いているのは、芝居と仕事だけだ。
今凝っているのはダンスだ。十年前に始めたかったと思うが後の祭りだ。
先生の言っている意味が理解できない。「あーそうか」とその場では思っても家に帰ると体現できない。力が入って体が自由にならない。
「あっこれって、芝居と同じだ」と思う。「大器晩成」と自分に言い聞かせる。その晩成はいつなのだろう。でも、できないから「次こそは」と思う。ちょっと掴めたと思った時は、とてもうれしい。回数を重ねるしかないと思う。
秋には、じっくりねかせた「うしろの正面だあれ」の舞台で、ダンス好きの少女?として、華麗に舞いたい。
福澤和香子
男 洗いもんがまだ残ってんだ
女 あ、そう
あの時代にこのセリフ……イイですね−別に私は女性の権利について強く主張するつもりはないのですが、お互い一人の人間として尊敬し合いながら生きてるがゆえに出たこのセリフ……シビレますね−「でもそんな尊敬できる相手、私の周りにはいないし…。」ってそれじゃあんたはなんぼのもんじゃい!その通り。人のことはよーく見えるんですよねぇ。自分の事はまるで見えない。だから日々稽古して教えてもらうんですよねぇ。そしてもっと知りたくなるからもっともっと稽古するんですよねぇ。入団して1年、役者の面白さに気づき始めてしまった今日この頃です。
柴山 幸恵
私は、4月に入団しました。あれやこれやとやっている内にもう7月。月日はあっという間に過ぎてしまいました。毎日の役者稽古、毎回団員から色々と言われ、役者は大変だなと思いました。私にとって、今回が初めての公演。何にもできない私ですが、スタッフとしてできる限り頑張ります。
今日、公演を観に来てくれた皆さん、今日はごゆっくりとエンケンの芝居を観て下さいね。
野口 利香
5月に入団したばかりの新人です。年齢はとても新人らしくはないが…。
この一、二年、精神的にも肉体的にも不調な日々が続いていた。なぜ、なぜ、なぜなの!このストレスはいったい何?この暗いトンネルを抜けるにはどうすればいいのか…。
そうだ!芝居をやろう!
そういえば演研という芝居小屋があったな。あそこの門をたたいてみよう。
そして今、劇団の一員として私はここにいる。日々力がわいてくるのを感じる。初めての公演をむかえ、さらなる興奮が私をおそうことだろう。きっと打ち上げのビールってうまいんだろうな。とても楽しみです。
坪井 志展
脚本を手にして、面白いと思った。二人の事を知れば知る程、私は伊藤野枝という人が好きになった。
「自分のした事に対して、未練も後悔も残さず、自分の生活が拡がってゆけさえすれば充分満足だ」と言い切って生きてゆける人はなかなかいないだろう。一見、傲慢だが、愛と志をもった女性だと私は感じている。
こうして、又、演研の舞台に立てた事は、私自身の始まりだと思っています。
富永 浩至
「演劇は何を伝えたらよいのだろうか?私は何も伝えるべきものなどないのだと思う。ただ演劇は、人間を、世界を直接的に描くことができればそれでいい」作者の平田オリザの言葉である。「伝えるべき主義主張、思想、価値観はもはや何もない。だが、止めどなく溢れ出る表現の欲求は、私の中にある。つまり私の中に見えている世界を、そのまま記述したいという単純で暴力的な欲求だ」
今回、初めて実在の人物を演じることになった。大杉栄とはどのような人物だったのか。本を読むとかなり面白く、豪快な人物らしい。私とはあまりにもかけ離れた人物。果たして演じきることができるのか。しかし、このホンに書かれているのは、平田オリザが見ている世界であろう。であれば、私もまた私の中の大杉栄を演じればよいのであろう。