第73回公演  「隣にいても一人」
 作:平田オリザ   演出:富永浩至

 


 スタッフ
  上村裕子、野口利香、村上祐子、鈴木えりか、片寄晴則
  

 キャスト
  昇平:清水 匠  義男:富永浩至  すみえ:金田恵美  春子:坪井志展   


上演にあたって

富永 浩至

 この作品は、2000年に平田オリザさんが演研のために書き下ろしてくださったものです。平田さんとのお付き合いは今からさかのぼること22年前、劇団創立20周年に我々が「思い出せない夢のいくつか」という平田さんの作品を上演し、その公演を観に来て下さったことから始まりました。その後、帯広や幕別でのワークショップなどでこちらへいらっしゃる度に、深夜まで酒を酌み交わし交流を深めていったのです。そして、あるワークショップの打ち上げの席で、半ば酔った勢いでお願いしたにもかかわらず、新作書き下ろしの依頼を快く引き受けていただきました。

 書き上がった本をいただいた時のことも鮮明に覚えています。青年団の幕別公演の打ち上げの席で、忘れないうちにと一枚のフロッピー(懐かしいでしょう。今の若い人は知らないかも)を受け取りました。そして、折角なので次の日、本読みをしましょうとおっしゃっていただいたのです。その夜遅くに自宅に戻り、原稿をプリントアウトし、ほとんど眠らずに朝コンビニで人数分をコピーし、幕別の百年記念館の一室に向かいました。作者の前で初見の戯曲の読み合わせ、もちろん初めての経験、どれだけ緊張したことでしょう。しかし、平田さんは終始ニコニコしながら、時には声を上げて笑っていました。

 それから三ヶ月後、今は無き「演研芝居小屋」での初演。もちろん平田さんも観に来てくれました。話題の公演は、遠方からいらした方も含め、全6ステージ、340名ほどのお客様に観ていただき、大盛況のうちに終了しました。そして、これから再演を重ね、演研の財産演目にという思いは、次の年、兄役佐久間孝の交通事故死によって一時的についえました。あれから17年、ようやく演研メーバーだけでの再演です。 毎回再演の度に、舞台上を飛ぶハエに「あ、佐久間さんが、羨ましがって観に来てるよ」と言って笑い合っていました。いつも温かく見守ってもらっていると感じていました。今はまだ寒いので稽古場には現れていませんが、本番はきっと邪魔にならないように舞台袖で見守ってくれると思います。そして我々は、それに応えるべく日々稽古にいそしんでおります。

 本日はご来場いただき、誠にありがとうございます。

 

つぶやき

坪井 志展

 今年30回目の結婚記念日を迎えました。私が大学を卒業した頃は、23、4才で嫁にいく(今はこんな表現の仕方はしないのかな?…)のが一般的でしたので、いつまでも結婚しようとしない私に、母から「いいから一度はしてみなさい。嫌なら帰ってくればいいのだから」と言われたことを思い出します。

 その後私は、遅まきながらも普通に恋愛をし、結婚。そして気が付いたら夫婦になっていました。これはもう絶対に夫婦だなと実感できる今の自分がいます。この芝居の昇平とすみえは、朝起きたら夫婦になっています。これは私が体験した新婚旅行の朝とも違う、今私がパートナーに感じる「私たちは夫婦だと実感できる」って事なのでしょうか?30年でも一晩でも、実感するのは一瞬の事。色々あった30年、「嫌なら帰ってくれば」の言葉に後押しされた若かりし私。いつ夫婦を実感したのかはわかりませんが、今が楽しい事は確かです。

 17年前の25周年記念公演から33ステージ、何度も観ていただいている方もいらっしゃると思います。今回は演出が変わり、キャストの変更もあり、今までとはちょっと違った「隣〜」に仕上がっていると思います。「春子」役は変わっていませんが、その時に、何を感じ、何を見ているかによって同じセリフに違った感情がわきあがってくるように、新たな妹、義弟と新たな気持ちで真摯に向き合いたいと思っています。観劇の後に、夫婦とはなんぞや?と考えていただければ嬉しいです。

 本日は、お忙しい中「演研・茶館工房」に足を運んでいただき誠にありがとうございました。

 

上村 裕子

 今回の演目「隣にいても一人」は、演研にとって特別な作品です。そして私個人にとっても、特別思い入れのある作品です。前回の北見・劇団動物園との合同公演が最後になるのではないかと思っていたので、今回の上演はとても嬉しいです。改めてこの作品と向き合い、味わい深さを改めて感じています。キャストが違うのだから生まれる空気感が違うのは当たり前なのですが、本当に新鮮です。

 今日ご来場頂いたお客様の中には、何度も観て頂いた方や、今回初めての方、いろいろな方がいらっしゃると思います。それぞれの立場でどんな感想をもたれるか、それがまた楽しみです。舞台から漂う空気感もありますが、舞台にいると客席から漂う空気もキャッチします。双方向のキャッチボールが出来て、作品はより厚みのあるものに育つと思います。新生「隣にいても一人」を一緒に育てて頂けると幸いです。

 本日はご来場誠にありがとうございます。

 

 野口 利香

 この作品の題名「隣にいても一人」について、考えてみました。

 人は他者と関係を築きながら生きているわけですが、血が繋がっていようがいまいが、本当に分かりあうことはなかなか難しい。自分の心の奥底は見せられないし、相手の心の奥底も見ることが出来ない。そんな中で、一緒にいたいと思う人が現れ、夫婦になったりする。動物のように子孫を残すことだけを目的としているわけでもなく、何故か「一緒にいたい」という感情が発生する。発端は「好き」という感情なのかもしれないが、その濃度が薄れても夫婦であり続ける。

 かく言う私も夫とかれこれ25年以上も夫婦でいる。子孫を残す目的は果たしていないが、血の繋がった親兄弟よりも一緒にいる時間は長くなり、正直言って一人でいるのと変わらないくらい楽である。ん、「隣にいても一人」って、隣にいても邪魔にならない存在ってことか?う〜ん、ちょっと違うか…。そもそも、たまたま出会った人と夫婦になって人生を共有するなんて、偶然に偶然が重なって起こる不条理なことなのかもしれないのに、そこに心の平安を求めてしまうのは何故なのでしょう。皆様もこの芝居をご覧になった後で、夫婦であることと「隣にいても一人」について、考えてみてください。

 本日は、ご来場ありがとうございました。

金田 恵美

 この作品に自分が役者として参加する日が来るとは思っていませんでした。初めてこの作品の台本を手にしたのは、入団してそれほど経っていない頃。あの頃からずっと舞台袖から見守ってきた作品。演研に書き下ろされた作品とはいえ、自分はきっとこの作品で舞台に立つ事はないだろう、と思っていました。このタイミングで来るとは…。

 ずっと見守ってきたからこそ、作品にスッと入る事はできましたが、今まですみえを演じてきた方の言い回しや間の取り方が染み付いていて、自分なりのすみえをどう表現すれば良いのか迷いました。でも、今回昇平を演じる清水が私とは逆で、まっさら中で役と向き合うので、稽古を通して自分の中に今までとは異なる感情が沸き上がる事もありました。まだ迷ってる部分も、フワフワしている部分も多いですが、それはそれで楽しく、本番ギリギリまで模索が続くと思います。ずっと見守ってきた作品だからこそ、今はこの作品で舞台に立てる事が楽しい。そんな気持ちが伝われば、そう思います。

 本日はご来場頂き有り難うございました。

 

清水  匠

 私が「隣にいても一人」の公演に参加するのは今回が初めてになります。この劇では新婚の夫婦を演じるということで、自分が新婚の頃を思い出しながらやっていこうと考えていたのですが、なかなかうまくいきません。そもそも自分が新婚の頃どのような気持ちであったかをあまり覚えていません。こんな状態なのでこのつぶやきを書いている現在はものすごく不安ですが、本番まであと3週間あるので、その間で自分が演じる役、そして自分自身としっかり向き合って、劇に取り組んでいきたいと思います。

 本公演にお越しいただきありがとうございました。

 

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